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「女子校生監禁陵辱 鬼畜輪姦84 香坂百合」について

女子校生監禁陵辱 鬼畜輪姦84 香坂百合
アタッカーズより2008年9月7日リリース/監督:[Jo]Style

かつてわたくしは、DMMレビュー上で、ジュン君を「レイプがドヘタで、そこがかわいい」と評したことがあります。あの頃は、まだ数十本しか彼の出演作を見てなくて、その中にレイプ的演出のものは当のコメントの対象になった「僕の大切な人」「義母のぬくもり」以外になかったんですね(言い訳ですけど)。もちろん美々しいS王子振りを遺憾なく発揮しているのは「団地妻」シリーズをはじめとしていくつかあったけど、それは「レイプ」ではなかったのです。しかし、これを見て、わたくしは自分の間違いを悟りました。わたくしはここに、かつての不明を愧じ、今回、正式に「ジュン君はレイプがドヘタ」発言を撤回したいと思います。ここでのジュン君のレイプは、ゾクゾクするくらい素敵です。あの時の「ヘタさ」は単に役のキャラだっただけで、ジュン君はその時どきで与えられた役をきちんと演じ分ける力のある子だったのです。このV中でも、その表情のひとつひとつにあらわれる彼の演技力の高さには感心させられました。ただ、手放しでジュン君の演技力を絶賛することはできても、プレイの全体と作品全体を手放しで絶賛するには問題がありすぎました。DMMでもレビューはしましたが、400字という制限内では語りつくせなかったことがありすぎましたので、この場で申し述べたいと思います。

賢明な男性ならお気づきだと思いますが、「レイプ」が女たちの性的妄想の首座をしめているのは、「レイプ」が「自分から性交を求めることの禁忌」から女を開放してくれる最も安易な解決策だからで、その内容は実際に行われる犯罪としての「レイプ」とはまったく別のものです。どういうわけか、女って、自分から告白すべきでないって思ってるんですよね。わたくしは謙虚でこらえ性がないから自分から言っちゃいましたけど、みんなすごくやせがまんしてるのよね。「古事記」のイザナギとイザナミのエピソードで、初めての子が健常じゃなかったのは女の方から告白して誘ったのがいけなかったんだ、ということになって、出会うところからやり直して男のほうから告白して誘って子供を作ったら立派な子ができた、という、わたくしなら星一徹ばりに卓袱台返しをして暴れてしまいそうな話があるのですが、そんなにも昔から、女は自ら男を求めてはいけないという社会通念があったのにはげんなりさせられますね。まあそういうわけでかどうか知りませんが、女なら大抵は、好きな人に告白されて、望まれて、体で愛し合うことになるのを理想としているのです。でも現実はそう都合よくは運ばないでしょ。さりげなく誘惑して向こうから告白させるよう仕向けるのは、ものすごく高度な技術と手間と時間を要するし、プライドを犠牲にして謙虚かつ手っ取り早く自分から告白するにしても、成功は保証されないでしょ?だからせめて、妄想の世界ではそこを手っ取り早く端折りたいわけよ。当然お相手は「そのとき一番好きな人」です。そもそも女は求められたいわけ。その求められかたが強ければ強いほど気分がいい。(Mとか自称している女の大半はただの「あまったれ」の「してもらいたがり」で、本気で自分という人間を心身両面から糾弾し訴追し罵倒し貶めてほしいとかの「真性M」じゃないから、男子は言われてもいい気にならないように。)でも、普通に、ただ熱烈に愛を告げられるだけでは、女にも立場ってモノがあるから、さくさくとカラダを与える段階には行けないわけ。ようやくそこに辿り着いたとしても、自分からすすんで腋も股間もむき出しにするわけにはいかないわけ。そうしたいのは山々でも女子としての面子があるから立場上ダメなわけ。しかも、その「好きな人」が、夫や恋人以外の人だったら、妄想の中でさえハッピーな恋物語を編むことには罪悪感があるわけ。だから「レイプ」なんです。「自分はまったくそのつもりがないのに、勝手に向こうが私を強くのぞんで、私の都合もお構いなしに、完全に抵抗を封じて、一気にことに及んだ」という状況なら、自分には何の非もないでしょう。被害者なんだから。だから拘束は万全でなければならないの。自分の意志では脚を開いて性器をさらけ出せないから、開かされた状態で縛られたいわけ。自分の意志では閉じられないようにしてほしいわけ。ツールはどうでもいいんです、縄でもベルトでもガムテープでも手錠でも複数の男の手でも、それが「逃れられない万全さ」を備えてさえいれば。じゃあ、「精神的な縛り」でもいいかというと・・・刃物や銃で脅されたり、家族を人質にとられたり、社会的な生命を脅かす決定的な弱みを握られていたり、そういうのも「拘束」として多少は機能するけど、それだとどうしても自意識との葛藤がうまれて(めんどくさい)、存分に自分を開けないから、不満が残る。やっぱり、カラダを物理的にきっぱり拘束されるのが一番のれるのよね。いきなり麻酔で眠らされて気付いたらがんじがらめ、みたいな。拘束だけに限っていえば、極端な話、「達磨アクメ」みたいな(爆)。それだと暗さも罪悪感もないから。しかも、自分を屠る相手の設定は、先に述べたとおり「好きな人」。恋のターゲットがいない人は、完全に姿が見えない相手か、想像の及ぶ限りの理想の男を設定しますね。で、悪臭等の不快要素は一切なくテクニックは抜群なの(笑)。つまり、「好きな人に存分に気持ちよくしてもらう」という点では徹頭徹尾まったくぶれてないわけ。「レイプ」は手っ取り早く「やってもらう」ための方便でしかないの(男の人が「愛」や「結婚」をエサに関係を迫るのとちょっと似てるかも。だけど、女の方は単なる「妄想」で、現実じゃない分罪がないと思うわ)。身勝手にもほどがあるけど本当にそうなんだから仕方がありません。それが妄想というものです。このVでのジュン君のプレイは、拘束がきちんとできてないことを除けば、女の身勝手なレイプ妄想を完全にフォローしている素晴らしいもので、満点といっていい出来です。一見、高圧口調で女をはずかしめているようで実は誉めまくってるし(「こんなに可愛い顔をして・・・」とか「こんなにきれいな顔なんだから乳首もきっときれいなんだろうね・・・やっぱりピンクだ・・・」とか)、実際の恋人でもなかなかしてくれない濃厚な愛撫をしてくれるし(性器のにおいを嗅いで「なんだこのにおい・・・これじゃいじめられてもしかたないな」と一瞬侮辱しても「俺が舐めてきれいにしてやるよ。いじめられないように(笑)」ってほんとにたっぷり舐めてくれたり)。どれもこれも、本当のレイプでは絶対にありえないことです。(今、「本当のレイプ」と言いましたが、それがどれほど不快で救いがないか、女たちはよくわかっています。女たちは現実的で計算高いから、妄想は妄想、現実は現実と、キッチリ区別しています。だから、いくら「レイプ願望がある」と言う女でも、「リアルなレイプシーン」なんて見たくもないし、そんなもので興奮することは絶対にありません。まして、実際に「本当のレイプ」をされるのは絶対イヤなんです。わたくしなんて正式に紹介もされてない議員が勝手に握手してくるのさえガマンがならないわ。女は基本的に、好意を持っている親しい人々以外には指一本触れられたくないのが普通です。ですから一般男子はまちがっても「女は襲われるのを望んでいる」などと思わないでください。女は「好きな人に強引に手っ取り早く押し切られたい」だけなので、誰にでも押し切られたいわけじゃありません。自分が相手の「好きな人」であるという絶対の確信が持てない男子は「強引に押し切る」手法は控えるべきです。たとえステディな関係にあっても、「好き」という感情は常に変動しているもの。さっきまで「大好き」でもある瞬間に「今はイヤ」になってしまうものですから、「押し切ってよいタイミング」の見極めは非常に難しいと言えます。ですから、くれぐれも、「本当のレイプ」を実践しないでください。これは見知らぬ女性に対してはもちろん、ステディなパートナーに対しても、です。喜ばれることは万に一つもないですよ。) 

ちょっと脱線が過ぎましたので、このVのジュン君のプレイに話を戻しましょう。とにかく、ジュン君のプレイの拘束が完璧なものであったならば、これは間違いなく世の女たちがこぞって泣いてよろこんでおかずにするシーンになっていたはず、という話でした。そう、それくらいジュン君は素敵だったのです。だからこそ、かえすがえすも残念でならないのは、レイプ導入の際の暴力と、ナンセンスな拘束の仕方、そして百合ちゃんの「嫌がる演技・痛がる演技」が上手すぎて、全然百合ちゃんが気持ちよさそうじゃないことです。まず暴力ですが、ジュン君演じる「佐藤祐」は百合を無人の保健室に押し込み、顔を往復数回平手打ちし(口の端に血糊の演出)、腹部を殴って当面の動きを封じ、髪をつかんで引き据えると、ベッドの柵に通した長い鎖の両端のベルトを手首に巻いて「拘束」します。そして、百合の周りの床に硫酸を落として見せ、言うことを聞かないと硫酸で顔を焼くと脅して事に及びます。行動は残忍で卑劣ですが、実際にぶったり殴ったりのシーンはいかにも「まね」という感じでリアルさはありません。一方、それを見るわたくしたちは、たとえ並外れてスケベであっても、おおむね「善人」としてごく良識的な生活を送っているわけで、たとえ虚構の中でも暴行の現場を見れば引きます。それがリアルであるほど引きます。そのくせ、明らかに「まねしてるだけです」という演技を見ると、「引いた」気分はそのままに、興ざめしてしまう。視聴者とは身勝手なものだと思いますが、本当にそうなのだからしかたありません。だったらいっそ暴力シーンなど入れなければいい。むしろ、巧みに抵抗を封じる手際の鮮やかさを見せられるほうがずっと興奮します(少なくとも大抵の女はね)。これは拘束の方法にもつながるのですが、女のレイプ妄想においては速やか且つ完全な拘束こそが最も重要な要素です。大事なのは「痛いことは一切されず、まったく抵抗の隙がないうちに、完全に拘束されてしまう」ことで、そこに至る経緯は「自分の努力では絶対に事態を回避できない」ことが要求されます。つまり、純粋に「被害者」であって、なおかつ「まったく痛めつけられていない」ことが大事なのです。そして「意に反して」「素敵な男子にイかされまくりたい」わけ(笑)。でもこのV中ではたとえリアルにではなくともお話としてしっかり「痛めつけられて」しまっていますし、拘束は拘束とさえ言えないしろもの。だって、施錠もされない両手首の革ベルトだけで、しかもそれは本人がはずそうと思えばはずせるだけの充分な長さのある鎖でつながれていて、足に至っては何もされていないと言う有様なんですから。陵辱の演技と泣き叫ぶ演技が上手ければ上手いほど、自分の意志以外で開きっぱなしになるはずもないむき出しの股間が画的にあほらしくなってしまうという残念な結果になってしまうんです。「抵抗したら硫酸」という目に見えない縛りもあるにはあるんですが、それにしたって、あそこまできっぱり脚を開くはずないだろうと思っちゃうわけね。フェラチオの強要も、別に硫酸ボトル片手に、というわけでもないので、逆にそれは女にとっては逃げるチャンスになってる。だってちぎれるくらい思いっきり噛んでしまえばいくらでも自力で逃げられる状況ですからね。でも逃げないで従う。だいたい、いつまでも嫌がって泣き叫んで痛がっていられる事自体、女としては下がるんですよ。女のレイプ妄想は、結局「素敵な男子に勝手に気持ち良くされちゃう」ことにつきるんだから。百合ちゃんの「嫌がる演技・痛がる演技」が上手なだけに困るんですね。これは妄想女子にとってはまったく望ましくありません。「痛いことをされた挙句にいくらでも逃げられる状態で逃げない、そして全然気持ちよがっていない」なんて・・・のれるわけがない。別に妄想女子じゃなくても「逃げられるのに逃げないで、泣いてはいても自分で脚を開いている」という状況はバカバカしいだけじゃないですか?なぜ普通に手錠を使わなかったのでしょうか。なぜ脚をきちんと縛らなかったのでしょうか。なぜ「カラダが勝手によがってしまいました」という演出にしてくれなかったのでしょうか。そうしてくれれば間違いなく「完璧なプレイ」だったのに。

ストーリーの全体を見てみましょう。

百合は高3です。夫に捨てられて酒に走り、この半年ほど精神を病んでいる母親とともに東京から引っ越してきます。独白で、前の学校にも家にも居場所がなく、新しい土地と学校にも希望が持てないことが語られます。そして、あと数日で夏休みという時期に男子しか見当たらない高校に転入してきます。一般的にはありえない状況でもAVでは何の説明もなくスルーです。きっと、百合が通える範囲にある高校はそこしかなく、その年度から、男子校から共学になった学校なので、高3では百合以外女生徒がいなかったのだろう、ということにでもして自分を納得させましょう。担任となる楡崎(吉村卓さん)は、職員室を探して校内をうろうろしている百合を一目みて恋に落ちます(このときの吉村さんの表情は純情な少年のようです。役者ですね・・・)。彼は顔に痛ましい大きなケロイドはあるものの、他作で常々アピールしている「気持ち悪いおじさん」キャラではなく、いかにも善良で誠実そうな印象です。ここで彼らはほんのすこし事務的な会話を交わすだけですが、百合は彼に暖かく信用できるものを感じたらしいことがうかがえます。(ただ、いくらなんでも、あの職員室のドアはないんじゃないでしょうか。倉庫にしか見えません。)

可憐な百合はクラスの注目を一身に集めます。ジュン君演じる「佐藤祐」も彼女を見つめる一人です。このときの祐は、なぜ君はこんなところに来たんだ、ただではすまないのに、と獲物を哀れむように百合を見つめています。その切ないまなざしは悲しげですらあり(すごくいい)、まるでそれはこれから百合を襲うだろう避けられない惨事のすべてを予見して、百合を哀れんでいるかのようです。(個人的にはここのBGMはバッハのマタイ受難楽第1曲「来よ乙女達よ共に嘆かん」の冒頭部です絶対)彼は、学校裏サイトを主催し、水面下で生徒たちをコントロールしている存在。聞きわけが良ければ自分専用の遊び女として守ってやっても良いな、と値踏みしているような表情も見られます(それもイイ)。でも、百合は、祐がたわむれに写メを撮ったことを公衆の面前で高圧的に非難、携帯を叩き落して、祐に見捨てられてしまいます。ゆっくりと携帯を拾い、唇の端に蔑笑を浮かべ、「始まっちゃうよ・・・」とつぶやく祐(ここ、シビレました)。せっかく目をかけてあげようと思ったけれど、君がそういう態度じゃ仕方がないね、という感じ。プリンスを侮辱した罪を、百合は贖わねばならなくなったわけです。懲罰として・処刑としての「レイプ」のお膳立ては、これで整いました。文句のつけようがない素晴らしい導入です。
午前の授業を終え、教室から出てきた百合を、隣のクラスの担任・葉山(真央はじめさん)が目に留め、まるで「ナンパ」するように無遠慮な感じで明るく声をかけます。百合を追いかけるように教室を出てきた楡崎が、返答につまる百合をかばうように、「葉山先生・・・スイマセン。まだ慣れていないもので・・・あの子が転校してきた香坂です」と紹介。「ああ、ワケアリ転校生。成績優秀、でも不登校中退だ、ね」と、露悪的で、しかしあくまでも明るい葉山の台詞によって、ここでも百合の過去の傷を強調。(真央さんて、ほんとに力のある役者さんだなあ、といつも思います。絶対舞台とか映画とかで「やれる」人です。)葉山を「失礼します」とかわし、百合を守るように連れ去る楡崎。「5時限目は必修クラブだがどうする」とたずねる楡崎に、前の学校でも美術部だったからここでもそうしたい、とこたえる百合。偶然にも顧問は楡崎です。幽霊部員ばかりで実質活動していない状態だけど、と言っても、絵さえ描ければいいんです、という百合。これでのちのち、彼女が美術室にいつも一人で居る言い訳が立ちました。ここで百合の転校初日が終わる。ここまでは(職員室のドアと男子校状態であることをのぞけば)完璧な展開です。

翌日放課後。百合はひとり美術室に残ってデッサンしています。前の学校の制服と思しき初日のセーラー服とがらりとかわって、新しい制服はパフスリーブのブラウスです。(どちらもお似合いです。)デッサンする百合にかぶせて、百合の家庭事情と心情が語られます。酒に溺れて泣き暮らす母親に同情よりもふがいなさと嫌悪を感じていること、暗く淀んだ家にいるのがどれほどイヤか、居場所のない苦しさ、などについて語られるのと同時に、処刑に先立って、百合に関する情報を裏サイトを使って集める祐の姿が挿入されます。(これがまた、爪を研ぐ野獣、という感じで良いのです)家庭に問題があること、前の学校では徹底的なイジメにあっていたらしいことが、サイトへの書き込みによって再度示されます。でも、再三にわたって強調されるイジメ・不登校のエピソードは本当に有効でしょうか?かえって、そんな目に遭った子がなんであんなに高圧的なんだとか、いくら家に居たくないといっても、一度不登校にまでなった子がよく新しい高校(しかも男だけの柄の悪そうな学校)に通う気になるものだなとか、見る者の不審をつのらせるだけじゃないですかね。単純に、「両親の離婚で不本意な転校を強いられたお嬢さん」にしておいたほうがストーリー的にスムーズだった気がします。それだって、百合の「今現在の居場所のなさ」は示せるでしょう。

そして問題の、「祐による処刑」のシーンです。百合の制服がセーラー服に戻っているので転校初日を回想しているのかと一瞬思いますが、それだと祐の「この間はごめんね」という台詞がおかしくなってしまう。「今朝」のことを「この間」とは言いませんからね。それに、レイプされた翌日に何事もなかったかのような顔で登校して来て、平静な態度でデッサンできるような女子はこの世に居ません。だから、この「祐によるレイプシーン」はパフスリーブの制服を着てデッサンしていた日の翌日なんだということにするしかありません。でもそうすると、初日のセーラー服は前の学校の服で2日目のパフスリーブが今の学校の制服という流れで、3日目にまた前の制服を着て登校したことになってしまい、それはちょっとありえない気もしますが、この日を「3日目」と考えないと、他のシーンの時制もぐちゃぐちゃになって矛盾が広がっちゃうんですね。「セーラー服でプレイ」との「AV事情」があったなら、「2日目」のデッサンのシーンもセーラー服にして、日付が変わったことを明示したいなら「何日目」って字幕を出せば済んだことです。こういうつまらないところで視聴者を悩ませるのは監督として配慮が足らないと思うわ[Jo]Styleさん。足らないと言えば、秘密にしていないと大変なことになっちゃうよ、という脅しが全然実行されませんでした。百合が警察に被害届を出さないのは絶対に不可解です。そうできない「事情」を示すべきでした。でもまあ、ジュン君しか見なくて良いという方にとっては、ここで見るのをやめてもなんら問題はありません。というか、あとは見ても不快になるだけなので。
 さて、処刑がおわったあと、夜の学校(?)で、百合のレイプ写真がアップされた裏サイトを見て興がる葉山がうつります。サイトには「私とHしたい子は放課後教室に来て」といったメッセージも添えられており、それが次のプレイの伏線となっています。

 その翌日。転校4日目ですね。帰りのHRらしいシーンで楡崎が「明日から夏休みですが、受験は夏が勝負。私や先生方は学校に来ていますからいつでも相談に来てください」と、主に百合を見つめながら誠心誠意訴えます。このときの百合はパフスリーブの制服です。もの思わしげではありますが、やっぱりレイプされた翌日に登校すること自体ありえない気はします。祐はクラスメートですしね。でも祐はお休み(笑)。逆でしょうが。わかってますよ、「AVのご都合」ですよね。百合は放課後の教室で、サイトを見てやってきた5人の男子生徒に襲われ、連続イラマ。1対1ならイラマされたらペニスを噛み千切って逃げられますが、集団でやられると、一人を咬んでも残りの男たちに半殺しにされると思えば逃げられませんので、ある意味筋は通ります。なぜ下を犯さなかったのか、状況的に素朴に不思議ですが、それがAV。「ここのプレイは集団イラマ」という縛りがあるんでしょう。パフスリーブの制服もドロドロにされて終わります。ここはほとんどの女性ユーザーには不快なだけのシーンでしょう。
 場面変わり、夕日の中、泣きながらデッサンする百合。パリッとしたきれいな制服で、イラマと地続きの時間とは思えませんが地続きなのです。様子を見に来た楡崎が、常軌を逸している百合を見咎めて、なんとか百合を慰め、落ち着かせようとします。「前にもこんなことがあった」と楡崎は、顔のアザの由来を告白。「私のクラスにイジメがあって、私はそれにまったく気づかなかった。ある日、そのイジメられていた生徒が、我慢の限界を超えたんだろう、ある生徒に硫酸をかけようとしたんだ。この顔はそのときのものだ。これはイジメに気付けなかった私への罰だと思ってる。だからお前も、何かあったら私にぶつけてくれていいんだぞ」と必死で訴える楡崎に、百合も泣きながら真情を吐露します。「居場所が、ないんです。家にも帰りたくないし、学校にも居たくない・・・」すると、楡崎が「そうか・・・でもなあ香坂、誰にも、安心できる居場所なんてないんだよ。」と泣き笑いで慰めるのですが、これはものすごく深い台詞ですね。監督はこの一言を言いたかったのかしら、って思いました。続けて楡崎が「でもここで少しでも安心できるなら、夏休み中、いつでもここ使っていいから」と言い、百合はおずおずと楡崎に抱きついて、安心したように泣き、楡崎は懸命に百合の髪をなでます。ちょっと感動的なシーンです。ところで、ジュン君演じる祐が百合を硫酸で脅すところから、イジメられていた生徒が祐だったのかと一瞬思いますが、現在の祐は獲物に最初に手をつける存在として、どちらかというと集団の最上位に君臨しているように見えることから、祐はかつてのイジメでも主犯格であったと考えるのが妥当です。硫酸を使って脅すのが祐のイジメの常套手段で、かつての被害者は祐に恨みを晴らすために「目には目を」とばかりに硫酸をぶっかけようとしたところを担任が止めにはいってかぶった。で、被害者は祐への暴行未遂と楡崎への過失致傷で送検されたか、警察沙汰にしない代わりに穏便に転校するかして学校から消え、担任は残った、と考えると落ち着きますね。

 翌日(か、それ以降)。夏休み中ですね。白い光の中で、穏かな表情でデッサンする百合と、少し離れた場所で本を読みながら付き添う楡崎が描かれます。つかの間の、平穏で幸せなひと時。でも、楡崎が席をはずした時、例の5人組が百合を襲います。校内を逃げ惑う百合。結局捕まって、用具室のようなところで陵辱される百合(その詳細は描かれませんが)。楡崎が無人の美術室に戻ってきて不安に駆られていると、机に出しっぱなしの百合の携帯に着信が。抵抗を感じながらもそれを開くと、そこには百合の無残な写真。すぐ用具室と察し、楡崎は救出に走るのですが、助けるどころか逆に捕まって、無理やり百合と番わされてしまいます。楡崎は教師としての誠実な愛情とは別に、一人の男として百合に恋をしてもいたので、百合には常々欲望を覚えていたのでしょう、「でもこんな風にではない、決してこんな風にでは」という心の叫びも途中からきこえなくなったのか、理性の箍が外れたようにみずから百合にかかってしまいます。でもこうなりますかね・・・ほんとに百合を愛してたら。だって嫌がって泣いてるんですよ。痛いって、苦しいって泣かれて、できます?できないと思いたいんですけどね・・・百合への感情が愛じゃなくてただの劣情だったというならわかりますけれど。そういうことなんでしょうか。ともかく、済んでから我に返って、生徒たちの蔑みの笑いの中で楡崎は泣きながら百合に謝るんですが。百合のうつろな表情はリアルです。「プレイ」と割り切れるジュン君のシーンと違い、ここはほんとに、やりきれない不快さです。「本物のレイプ」に近い感じだから。(でも例によって百合が警察に行くことはありませんが。)これを見て興奮してカタルシスを感じる人ってどういう人なんだろう・・・女の子が苦しんで痛がって泣いてる場面の何がどう楽しいわけ?わからないわ・・・っていうかすごく怖い。

 再度、美術室。パフスリーブの制服にキャメルのカーディガンを羽織ってデッサンしている百合。季節はもう秋なのでしょうか。それとも、衝撃の出来事のために真夏でも寒気を感じているのでしょうか。百合は、不安と恐怖からか、苦しげに息を弾ませています。楡崎の姿はありません。ほんとに、なぜ百合はここへ来るのでしょうか。いくら家がイヤだといっても、楡崎にも裏切られて、学校はもう避難所でもなんでもないはずです。そこに、葉山が現れます。「またやりまくったの?俺にもやらして」と。そして、そこに楡崎も。葉山の協力者として現れるんです。どういうことなんだろう・・・自分の百合への思いは純粋な愛情なんかじゃなかったんだ、ただやりたかっただけで、やれれば百合の気持ちなんかどうでもよくて、自分はそれほどに最低な人間だったんだ、そして既に道を踏み外してしまったんだから、もう何をしても同じだ、という気持ち?あの、無理に番わされた事件から、罪悪感よりも、百合の体がどれほど気持ち良かったかという事ばかりが思い返されて、いてもたってもいられなかったということ? またやりたいって?葉山に弄ばれて、百合が楡崎に必死に助けを求めるのも解せないです。だってすでに裏切られてるのに。楡崎に顔を舐めまわされて「イヤ、キモチワルイ!」って叫ぶのはわかるけど、それで楡崎がキレるのも、すごく「今更何言ってるの?」って感じです。あらためて百合を責める口実を得たってことでこだわって見せてるんでしょうか。どうせきっと最初からこの娘は俺をキモチワルイと思っていたんだ、そこらのこころない馬鹿娘と一緒なんだ、だから汚してやってもいいんだ、という感じで?まあそれはいいです。不快きわまりないけど、無理やり納得しようと思えばできます。どうにも納得できないのは、最後の最後に流れる百合のモノローグなんです。葉山と楡崎に犯されたあと、身じまいする気力もなく絶望して泣いてるシーンのバックに「先生は私の苦しみを受け止めてくれた。だから今度は私が先生の苦しみを受け止めてあげる。私は変わったのだろうか。私はここにいていいんだろうか。ありがとう。私は自分のいる場所を見つけた。」って独白が流れる。ありえない。ありえないでしょ。なにが「ありがとう」なのよ!ハッキリ言ってこの独白が一番腹が立ったわ。「居場所のない少女が居場所を見つける」ということで首尾一貫させたかったなら、あきらかに後半の2プレイは間違ってるでしょ。この独白をどうしても入れなきゃならないなら、楡崎と美術室で穏かにデッサンしてるシーンで流すべきで、そのあと幸福が瓦解して終わるならまだわかるけど。一番「ストーリーとしてちゃんとおさまる」のは、楡崎の「誰にも、安心できる居場所なんてないんだよ」という台詞をここで繰り返すことだったんじゃないの?それにしても救いがない・・・

 監督の意図はどこにあったんだろう・・・反戦のためにむごくてリアルな戦争映画を作るのと同じで、反レイプのメッセージでこれを作ったとでも言うのかしら・・・もし、百合の最後の、あのふざけた独白がなければ、そう解釈することもできたかもしれない。たしかに、従来のAVやポルノ小説で常識のように「たとえ相手が嫌いな男でも、やることをやられれば女の体はよがってしまう」と繰り返されるのは不快でした。たとえ男の幻想とわかっていても、そのあまりのありえなさを、女として非常に腹立たしくもバカバカしくも感じていたし、それを本気にしている馬鹿が本当に居たらイヤだな、と心底思っていたので、それが今回、被害者は徹底して、嫌がり、泣き、痛がり、苦しむ、という描き方をしている点では、その「リアルさ」は評価されるべきかもしれないとは思うんです。つまり「好きじゃない人には何をどうされても絶対イヤなんだ、本当に苦痛なだけでまったく気持ちよくなんかないんだ」という女の真実は描けているから。でも、だったら大多数の「良かった」というユーザーの反応は皮肉ね。単純に残虐さを喜ばれて終わってるじゃない?いずれにしろ、あの百合の最後の独白がある限り、この作品を肯定するわけにはいかないです。あの独白は、まともな知能と感情を持つすべての視聴者と女たちへの最大の侮辱だと、わたくしは感じるから。

単純に「男のカタルシス」を目指して、あらゆる矛盾に目をつぶって作った、そして成功した、ということなら、それはそれでやっぱり、女として、こういうもの(徹底して女が苦しめられる話)にカタルシスを感じる男が少なからず居るという事実には慄然とせざるを得ませんね・・・。

後味の悪い、感情の落としどころのない、でも中途半端に良いところ・捨てがたいところのある、どうしていいかわからない、実に残念なVです。

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おはようございます(Re: こんばんは!)

コメントありがとうございます!うちは今、夫とコドモを送り出したところです!
(コメントをいただいたときは前後不覚に眠っていたようで、
今朝起きて気付きました。わたくし9時過ぎると眠くて朦朧としてしまうんです。)

非公開コメントへのお返事はコメントくださった方だけにご覧いただく形にしたいのに、
どうもいまだにその設定がわからなくて・・・v-406(ご存知なら教えて・・・)
だって「この文のココについてしゃべりたい!」と思っても、
公開じゃマズいかしらって思っちゃって心ならずもスルーしなくてはならないんですもの。
ブログ内のメールフォームを通してならそういう形も可能だと思うのですが。
というわけで、なるべくさしさわりのなさそうなところだけお答えしますね。
(ホントは、その「さしさわりのありそうなところ」にこそお返事したいのですけど!)


> 最初から最後までジュンさん出突っ張りの作品に出会いたいです…
手元にある作品でジュンさん以外のチャプター全然興味なくて観てないです。

そうなのよ!わたくしもまったくそう。
一番最初に「ジュン君が出ているところ」を限定するためだけに早送りで全編一度確認したら、
あとはジュン君パートしか再生しませんものね。
女って、好きな人以外はホントどうでもいいのよね(笑)。

でもね。あるんですよ。「ジュン君だけ」しか出てないⅤが。
月額ラインナップを完成させたら「単品動画やセルでしかあえないジュン君」を
ご紹介するつもりなんですけど、その中に、ありますの。
今、その一番おいしいとこだけご案内しますね。それは、HS映像の
「表に出せないビデオ」「モザイク無しビデオ」シリーズの
杉森風緒ちゃん、月野しずくちゃん、長谷川ちひろちゃんのⅤです。
ほかにも何本かあるけど、この3本がダントツでいいの。
持ってます(自慢)。
モザイク無しっていうのはヘリクツみたいなもので、局部は濃い「ぼかし」修正。
ハッキリ言ってモザイクより見えません。でも!!ジュン君だけだから。
ジュン君だけで1時間。ココが大事よね。
コメント内ではリンクつけられないので、あとで記事としてちゃんとご紹介しますね。
お楽しみに~!
ようこそ
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プロフィール

箱入り奴隷妻demi

Author:箱入り奴隷妻demi
1965年生まれ。
夫と二人の息子を持つ
専業主婦。
2007年秋にジュン君と出会い
恋に落ちる。
以来ジュン君に逢うため
AV漬けの毎日。
モットーは
「そこにジュン君が出ている
限り、どんなものでも観る。」

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